Vol.105 2014.12.5(金)の合奏風景&二刀流への道

この日の練習は、来年のせせらぎコンサートに向けての曲、八木澤教司作曲の「ペルセウス ~大空を翔る英雄の戦い~」の練習初日でした。
基本練習、練習曲「コラール・レリジョーソ」を吹き、みんなの楽器があったまったところで、私が登場。単なる遅刻である(^_^;
ということで、基本練習についての内容は省略。

軽くチューニングをして、さて合奏と思いきや、いきなり楽譜の間違いを指摘しだす指揮者のK君。普通音を出して発見するべきところを先に見つけているということは、相当に予め譜読みをしてきているということで、これには脱帽です。雇われ指揮者ではなく、常時こういう指揮者が団員として楽団にいるということは、ありがたいことです。

練習は初見ということで、超ゆっくりなテンポで合奏スタート。繰り返しながらじわじわと前に進めていく、いつもの練習スタイル。吹ける人には、なんとも歯がゆい練習も、いろいろなレベルの人がいる一般バンドでは理にかなった練習方法の一つと言えます。
僕も昨年の夏までは、理解はしつつも歯がゆく思っていた一人でしたが、今は、この練習方法でないとついていけないレベルの奏者となってしまったので、これまたありがたいことです。
結局、曲の前半部分までで、時間切れとなり合奏終了となりました。

今年に入って、3度目の「せせらぎ人語」を任されていますが、前2回(vol.79とvol.104)を遡ってお読みいただくとわかるのですが、昨年のクリスマス前に弦バスを購入し、始めました。ようは、御年50にして若葉マークの付いたピカピカの1年生なのです。(こう書くと絶対突っ込むやつがいるやろな。)

ということで、まだ頭で思い描くように弾くことができず弓を使っての演奏が苦手。この日練習をした「ペルセウス」は全曲arco.(弓で弾く)の曲なので、弓での演奏に慣れるにはいい曲だと思っています。
後は、楽団の迷惑にならないように、チューバの陰に潜みながら地道に頑張っていこうと思います。

そうそう、うちの楽団には社会人になってから今の楽器を始めた人がいます。TbのIさんとTubaのI君。偶然なのですがその2人の間を自分の居場所にしてしまったのですが、何故かとても居心地のいい場所なんです。最近、練習場の後ろ隅にそんな三角スポットができています。

でもなぁ、前方から「帰ってきて」と手招きしているF(K)さんがいるので、ほんの4,5歩ですが、たまには里帰りをしないといけないのかとも...。
F(K)さんとは来年でEuphペア結成20周年となるので、次のせせらぎコンサートもEuphと弦バスの二刀流で挑みたいと思います。

Wood base & Euphonium もちづき

Vol.94「デビュー」

7月6日(日) 第27回せせらぎコンサートが終わりました。
雨の中、会場に足を運んでいただきました皆様、本当にありがとうございました。

今回のコンサートは、私にとって特別なコンサートとなりました。
数えてみるとエキストラとして出演したのを含めると、ちょうど20回目のせせらぎコンサートの舞台でした。
そして、弦バス奏者としてデビュー・コンサートとなりました。

ここから、誰にも話したことのない、弦バスへの道の秘話です。
遡ること昨年のせせらぎコンサート、喉の不調で、長年吹いてきたユーフォニアムを吹くのが辛くなってきたので引退しようと考え、コンサートを最後にせせらぎを辞めようかと思っていました。
ちょうど本番を迎える舞台袖で、何を話したかは忘れましたが、トロンボーンのI村さんと話した時に、彼女が数年前にクラリネットからトロンボーンに転向した事を思い出し、その手があるなと思ったのです。
すぐに頭に浮かんだのが打楽器。しかし即座に却下。(楽器の種類が多すぎて、家での練習が難しい。)
そして、本番の舞台へ。
プログラムが進み「また君に恋してる」の演奏の時に、ここ弦バスのピチカートが欲しいなぁと思った時、「別の居場所見っけ!」と思ったんです。

その後、少しレッスンを受けたりして、昨年の12月に楽器を購入に踏み切ったのです。
楽器購入後は我流で練習して、2月に初めて練習に参加 させても らいました。
そして、まだ全て弦バスを弾くこともできないので、ユーフォニアムとの持ち替え、最近はやりの言葉で言うなら「二刀流」で今回の演奏会に臨むことになったのです。
指揮者のK村くんも私と同じ(持ち替えの)R高校OBであるが故、持ち替えをする事は抵抗なく受け入れてくれて、曲についてや舞台配置などいろいろと気を使ってくれ、調整をしてもらえたおかげで、今回舞台に上がることができました。
その過程では、指の皮が水ぶくれになったり、ズル剥けになったり、左手が腱鞘炎になり、1週間以上手がまともに動かなくなったりと、トラブルも多々ありまし たが、手の平のストレッチや筋トレなど、自分なり調整法を編みだしながらコツコツと努力をしてきた甲斐あって、何とか与えられたところはこなす事ができたかと思います。
おまけもありました。舞台上では対岸の打楽器のK原くんに目を付けられ、立ってるものは先輩でも使えと言わんばかりに頼まれて、1曲だけでしたがバスドラ(大太鼓)も演奏することになりました。これもまた初経験でとても新鮮でしたし、エキストラで手伝 いに来てくれていた、中学・高校の同級生のK若君と横並びで演奏することにもなりました。
また長年ユーフォニアムの同志のF地(佳)ちゃんには、1人にしてちょっとしんどい目をさせてしまったと思ったけど、こっちの方の居場所を失いそうと思うぐらい頑張って吹いてたので安心しました。

いろいろあって、本当にあっという間のステージでした。
コンサートが終わった時には「続けれて良かったなぁ。」と、純粋に思えました。

学校や仕事、家庭やその他、いろいろな都合や心情、価値観、そういったものの変化により、続けることが難しくなったり、いやになったりすることもあります。
何事も辞めるのは簡単ですが、続けていると、しんどいこともありますが良いことも必ずあります。
一般の吹奏楽団というのは、いろいろな世代のいろいろな立場の人たちが、同じ目標に向かって歩むという本当に貴重な場です。
続けられるならば、続けて欲しいと願します。

私たちの仲間になっていただける方も大歓迎です。ご興味持たれましたら、是非こちらのページ(http://www.seseragi-wind.com/danin.htm)から、お問い合わせください。

また来年に向け、少しでも上手く弾けるよう、頑張っていきたいと思います。

Euphonium & Wood base もちづき

Vol.79 2014.2.14(金)の合奏風景

2月14日の練習曲は、「ライオンキング」とNino Rotaの「ロミオとジュリエット」でした。
そして、この日の練習は僕にとって特別な日でした。
それは、バレンタインデーだったからではないですよ。
2か月ほど前に買って、こっそり練習してた弦バスを持って練習に行き、みんなをビックリさせました。
ただ、見せびらかしに行っただけではないですよ。怪しいところはあれど、ちゃんと弾きましたので、初めて弦バスで合奏をした記念日となったわけです。
今まで35年間Euphonium一筋に吹いてきましたが、昨年春ごろから喉の具合が悪くなり、医者から楽器を吹くことを止められ、一時は楽器を吹くのをあきらめ、せせらぎを退団しようと思ったこともありました。
でも、やっぱり長年続けてきたことを辞めるのは寂しいもので、何か他にできないかと考え思い立ったのが弦バスでした。

話は少しそれますが、今年のせせらぎコンサートで「東京ブギウギ」という曲をやります。
実は昨年のせせらぎコンサートの選曲の際にも僕は「東京ブギウギ」をリクエストしていました。
最近ではクリアアサヒのビールのCMでおなじみになっていますが、元は戦後間もない昭和22年に笠置シズ子さんが唄い大ヒットした曲で、戦後の日本を元気づかせた、戦後の復興には欠かせない曲の1つだと言われています。
幼いころ、母親がよく口ずさんでいたのを思い出しますし、父親からも度々この曲流行っていたころの話を聞いてました。
偶然かどうかわかりませんが、クリアアサヒのビールのCMで「東京ブギウギ」が使われだしたのが、東日本大震災の2011年頃からで、CMは見ていていつも楽しそうです。
震災直後、テレビのワイドショーなどで、その悲惨な状況を見た戦争を知るお年寄りが口を揃えて、戦時中の焼野原を見ているようだ言っているのをよく耳にしました。
今も昔も日本を元気にしてくれるこの曲。せせらぎコンサートに来ていただいている2割以上が70代から80代の方なので、大いに楽しんでいただけるかと思っています。

この曲やろうと言いだした自分が演奏をしないわけにはいきません。自らの復帰に「東京ブギウギ」を弦バスで楽しく弾けるようになりたいと思っています。
弦バスを手にしてまだ2ヵ月足らず、今年50になる反射神経の鈍ったおっちゃんが弾くには少々難易度の高い曲ですが、指揮者からレッドカードが出ないように頑張りたいと思います。

もうすぐ震災から3年が経ちます。被災された方はまだまだ大変な思いをされていると聞きます。
吹奏楽団せせらぎでは、東日本大震災震災以降、毎年コンサートの時に、会場の入り口で募金を募り被災地に向け寄付をしています。今年は7月6日(日)になりますが、ご来場の折には、是非ご協力ください。

最後まで、お読みいただきありがとうございました。
ユーフォニウム 改め ウッドベース
もちづき