vol.38 鉄道の日に寄せる短編小説《時代》第2話

さて、Tb中川氏による、鉄道の日に寄せる短編小説《時代》第2話をお届けするわけなのですが
念のため申し上げておきますと、
みなさん、ここは、吹奏楽団せせらぎのHPであります。
確かに、この楽団には少々血中鉄分濃度の高い団員がちらほらおりまして、
不定期に団内有志「せせらぎ鉄ちゃん会」主催の鉄道ツアーが組まれることもあります。
が、決して鉄道愛好会のページへ突然リンクされているなどということはございません。
大事なことなのでもう一度申し上げますが、ここは、「吹奏楽団」せせらぎのHPなのであります。

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この物語の主人公。
[吹奏楽団せせらぎ]に 纏わる全ての人々。
いや 鉄郎少年。えっ? それじゃ 黒いコートの謎の女性(^O^)/ 。
なんでやっ(゜o゜)\(-_-)。

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1年365日の たった1日。たった1日 この日だけはコイツが主人公でも いいだろう。
昔々 かつて 《東海道の雄》《陸の王者》と 呼ばれ
数々の特急列車の先頭に立った蒸気機関車。《C‐62型蒸気機関車》。

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みんなは 僕の事《シロクニ》と呼ぶ。
僕が生まれたのは むか〜し昔。昭和23年。
辛く悲しい戦争は終わってはいたが 敗戦国は アメリカ合衆国の統治下にあり
日本は日本ではない《時代》だった。
そんな《時代》に 僕は生まれた。

大国は 敗戦国に 新しい設計の機関車を 作らせなかった。
戦争中に軍事物資の輸送で活躍した
動輪軸4本のD型機関車 《D‐52》 デゴニ君のボイラーを使用し
戦前に 特急列車の先頭に立った
駿足の動輪軸3本の C型機関車《C‐59》 ゴーキュー兄さんの車輪を 取り付けて
完成させたのが 改造機関車《C‐62》 シロクニだ。

僕の兄弟は 全部で49台。その中で 僕は2番目に生まれた《C‐62 2》
通称『スワローエンゼル』。 僕のデフレクターには 燕のマークが貼り付けてある。
あの超特急《つばめ》の 先頭に立ったご褒美に 取り付けて貰ったんだ。
だけど 僕のボイラ−は あまり調子良くなかったから
《つばめ》の先頭に立つ機会は 少なかった。
でも 僕は頑張って客車の先頭に立ち いっぱいの お客さんを運んだ。
そして 日本の《夢と未来》を運んだ。

だけど《時代》は 僕を受け入れなくなってきた。

僕は 石炭と水を積んで走る。
石炭を燃やし ボイラ−で お湯を沸かし その水蒸気でピストンを押し それで車輪を回す。
16気圧に ならないと 僕は 走れない。
モクモクと煙りを吐き 火の粉を撒き散らし トンネルの中は煙たくて仕方がない。
長旅の途中では 石炭と水を補給する。
労働力と時間の無駄だ。 「タイム イズ マネー 時は金なり」。
僕は 効率の悪い《機械》だ。

《時代》は 電気の時代。
超特急《つばめ》の先頭には カッコイイ流線型の電気機関車
《EF‐58型電気機関車》が 立っていた。
長旅の途中 石炭も水も補給しなくていい。最先端の《機械》だ。
だけど このイケメン。名前は《ゴンパチ》だった。

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僕は 東海道から北海道へ 左遷された。

だけど僕は 寂しくなかった。
そこには 僕の仲間が頑張って走っていたんだ。
戦前生まれの《D‐51》デゴイチ君は 重くて長い貨物列車。
大正生まれの 《9600》キュ−ロク爺さんは 老体に鞭を打って
夕張で石炭を運んでいたんだ。
それから とってもスマートで 一番綺麗なスタイルの 《貴婦人》って 呼ばれていた
《C‐57》 シゴナナ姉さんが お客さんを乗せて走っている。
シゴナナ姉さんは京都駅で よく見掛けたもんだ。
シゴナナ姉妹は 215台も生まれたんだから いっぱい見掛けた。
彼女は 京都から山陰方面へも走っていた。
この僕なんか 図体がデカくて重いから 線路規格の低い場所には行けなかったんだ。
デゴイチ君や シゴナナ姉さんは どこにでも行けて羨ましかった。
みんな頑張って走っている姿を見たら 過去の栄光なんて どうでもよくなっていた。

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ある頃 僕は《ニセコ》っていう 急行列車の先頭に立っていた。
昔と違うのは 僕の弟《C‐62 3》との 共同作業だった。
僕の弟は とても調子の良い故障知らずで みんなから 信頼が厚い存在だった。
だけど さすがに 急な上り坂は 辛かっただろう。
そんな弟の 前で引っ張ってやるのが 僕の役目だった。
急行列車だから急いで走らないと。
僕も弟もモクモクと 煙りを吐きながら 頑張って走った。
そんな姿を 見たくて 全国から 人々が集まってきていた。
かつて《東海道の星》と呼ばれ 超特急や寝台特急ブルートレインの 先頭に立った
迫力満点の シロクニが 2台連なり走る姿は 圧巻だった。

《時代》は電気の時代。世の中から 効率の悪い《機械》を 無くしてしまおう。
無くなる前に この目で・・・・・・・・・・。

《時代》は SLブーム。
休日になれば 人々がシロクニを見にきた。 日本全国から見にきた。
僕は 再び 栄光を手にした。
東海道の《時代》より スター《星》になっていた。
僕は 弟と 手を繋ぎ 頑張って走った。雨の日も風の日も。
北の大地に降る大雪にも負けず 僕は 急行列車の先頭に立った。

そして再び 《時代》が・・・・・。
昭和46年9月。ラストラン。
僕と弟。そして13番目の弟《C‐62 15》。
なんて事だろう。シロクニが 3台連なって走るんだ。

係の人々が 朝早くから僕を 綺麗に磨いてくれた。
そして僕のシンボル。《つばめ》のマークも ピカピカだ。
僕の役目は 始発駅からお客さんを たくさん乗せてやって来る 弟の先頭に立って
上り坂を引っ張ってやる事だ。
僕は一つ下の弟と一緒に 13番目の弟を待っていた。
駅には 僕を一目見ようと たくさんの人々が集まっていた。

そして 父親らしき人が 少年に話ている。
「よく見ておきなさい。これが 超特急《つばめ》の機関車だよ・・・」。

彼のリュックには『まつもとれいじ』と書いてあった。

僕は 2台の弟の先頭に立った。
間もなく 発車のベルが 人々で溢れかえった駅構内に 響き渡った。

ジリリリリリリリリ〜〜ン。

僕は 発車の合図を 鳴らした。

ボォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ。

もう この土地には帰らない。 人々にサヨナラの汽笛だった。
隣のホームに停車した 普通列車の シゴナナ姉さんが お疲れ様〜〜って汽笛を鳴らすと
操車場で貨車の入れ替え作業に 従事していた 大正生まれのキュ−ロク爺さんも
元気でな〜〜っ!ポ〜ッ ポ〜〜〜っと 汽笛を鳴らした。

♪♪ドードドーレミーミミーレドードドーラソー
      ラーラソーソドードミーミレーレミーレド−♪♪
シロクニが 出発すると間もなく 鉄道唱歌のオルゴールが鳴った。

「今日も 国鉄をご利用いただき ありがとうございます。
終点 函館までお供させていただきます 車掌の○×△□です。
長い間 この《シロクニ》を ご利用頂きまして ありがとうございました。
本日をもちまして《シロクニ》の営業運転を終了させて 頂きます。」

しばらく走ると 初秋の山麓へと近づいてきた。もう間もなく峠だ。
シロクニの運転助手が 大きなスコップで 一杯一杯の石炭を 焚き口に投げ入れている。
初秋の北海道とはいえ 石炭を燃やす運転室は 地獄の釜よりも 熱かった。
今日は コイツのラストラン。
運転助手の額からは ひたすらに 汗が流れている。
「オーイ!絶対 圧力を下げるな−っ!」 運転手は若い助手に 激を飛ばした。
若い助手は 首に掛けた 石炭で薄汚れた 純白であっただろうタオルで 額を拭った。
その 薄汚れたタオルは 乾く暇もなかった。
シロクニは 峠に差し掛かかると 再び汽笛を鳴らした。
ボォォォ〜〜〜〜〜ォ。
太い大きなボイラ−で 熱くなった蒸気が汽笛管を通り抜け
その野太い音が 峠に轟いた ボォォォ〜〜〜〜。

シロクニは 鉄の線路の上を 鉄の車輪で 走っているため 坂道では滑ってしまう。
秋になり 線路の上に落ち葉が乗り そのうえ雨が降れば最悪だ。
直径1メートル70センチもある 車輪が 1回 空回りすれば 速度は5キロ落ちる。
時速30キロ程で 坂道を上るシロクニの車輪が 6回も空回りすれば
たちまち 止まってしまう。
一度 止まれば もう その坂道からの発車は 困難だ。
再び 麓まで後退し 初めから やり直しだ。

僕は 時代遅れの《機械》だ。

シロクニは 峠への坂道を鈍い速度で上っている。
運転手さんが 左手で何かレバーを動かしている。
僕の煙突の後ろにある ラクダのコブみたいな形の砂箱から
車輪の直ぐ前まである配管を伝って 線路の上に 砂を落としていた。
空回りを防ぐためだ。そして 運転手さんの腕の見せ所だ。
シロクニは 真っ黒な煙りをモクモクと吐き
かつて東海道を 颯爽と駆け抜けていたとは感じない程 鈍い速度で 坂道を登ってきた。

だけど 3台のシロクニが見えると 人々は 大きく手を振り 人々は サヨナラを伝えた。
《シロクニ》は たくさんの客車を従え 人々の前を走り抜けた。
カタン カタン。 カタンカタン。
線路と線路の繋ぎ目を 最後尾の客車の車輪が 通過した。
つい 先程まで シロクニの煙りと ピストンを押す蒸気の音。
それに列車の通過する 車輪の音。
そして シロクニの汽笛で騒がしかった峠に 静かな秋風が吹いている。
線路脇のススキが 何事も無かったかの様に 秋風に その身を委ねていた。

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峠を越えたシロクニは 終着駅 いや《時代》に向かって爆走している。
さすが平坦な鉄路では 本領を発揮していた。
沿線では 《最後のシロクニ》に 手を振っている人々や勇姿を永遠にと 写真に収める人々。
《シロクニ》の 思い出に浸る人々で 賑やかだ。
《シロクニ》は 自分の《あの時代》を その手で掴んでいた。

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運転手さんが シリンダーへ蒸気を送る加減弁を 閉め始めた。
僕は 徐々に 速度が落ちてゆく。
徐々に 僕の《時代》が終わってゆく。
僕は 超特急《つばめ》の機関車だ。
僕の《スワロ−エンゼル》が 夕日に輝いている。
運転手さんが ブレーキレバーに手をかけると 僕は 終着駅のホームに その使命を 終えた。
そして 《蒸気機関車の時代》は 終わった。(つづく)