短編小説 楽器を置いてしまった貴方へのメッセージ 《あの日に・・・・》 第2話
作:トロンボーン 中川
(前回のあらすじ)
ガソリンスタンドで働いていた主人公・博志は、軽自動車に軽油を給油して
仕事をクビになってしまう。
落ち込んだ博志をなぐさめる友人たちから、学生時代に博志が情熱を傾けた
トロンボーンをもう一度吹いてみることを勧められ、
博志は逆上して飲み屋を飛び出すが・・・
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「あ〜今日は よく飲んだよなぁ。
だけど みんな よく覚えてるよなぁ。20年も昔の事。
あの頃は楽しかったよなぁ。 俺もさぁ 昔は よくモテたんだけどなぁ。
今なんか お腹はデブっと出てさぁ 頭はさぁ 頭は・・・・
まっいっか 帽子被ってから解んないさ。
グレン ミラーか。
そう 昔 グレン ミラーの映画あったよな。
今日は練習ナシ! 今からグレン ミラーを観に行くってさ。
でも あの俳優さぁ ミラーに よく似てたよな。 誰だっけ あの俳優。
確かジェームス何ってったかな。
ジェームス ジェームス ジェームス ディーン。
違うよ 違う。
ジェームスススス あっそうそうジェームス スチュアートだ!
カッコ良かったよなぁジェームス スチュアート。首を傾けてさぁ トロンボーン構えて。
スッゴク 様になってんの。憧れちゃったよなぁ。
でもさぁ 映画の中でさぁ グレン ミラーが トロンボーンを質草にしちゃってさぁ
借金してやがんの。あれ笑っちゃったね。(^^)
でもさ最後 泣いちゃったなぁ。
最愛の妻へプレゼントの 茶色の小瓶ってアレンジ曲。
結局さぁ飛行機事故で 死んじゃった後に演奏されたんだよな。
なんかさぁ 胸が熱くなってさぁ。
俺が ミラーの代わりに トロンボーン吹くんだって 思っちゃったもんな。」
博志は ブツブツと呟きながら歩いている。
博志は ふと 気分転換に いつもと違う道を歩きだした。
いつもなら バス停を過ぎ そのまま真っすぐに駅へ向かうのだが
今夜は 珍しく バス停を過ぎると 左へ 団地の方向へ歩いた。
「へ〜ぇ こんな道 あるんだ。どこへ 抜けるのかなぁ」
と 博志は呟きながら歩いた。
「へ〜ぇ こんな所に立体駐車場が・・・・」
と思いながら しばらく歩くと 車が4台駐車している建物に目が行った。
ふと その建物の玄関に自動販売機が あるのに気がついた。
「あ〜なんかさぁ のど渇いちゃったなぁ」
博志は デニムの左のポケットから ジャラジャラと小銭を取り出すと
100円1枚と50円1枚を 自動販売機の 金銭投入口に入れた。
博志は スポーツドリンクを 自動販売機から取り出すと また一気に飲みかけた。
その時 ふと 左側の 玄関のドアに目が行った。
そこには 1枚のポスターが貼付けてあった。
博志は 酔いの回った目を擦り ポスターに目をやった。
「ん〜。せせらぎコンサート。
なんだこれ?
なんじゃ こりゃー?なんじゃ こりゃー?」
と言いながら博志は膝まづき 松田優作の真似をしていると
通りかかった女性が 博志を変質者だと思ったのか 慌てて走って逃げて行った。
そんな事も知らずに 博志は 松田優作を演じていると
ドアーの向こうから 音楽が聞こえてきた。
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博志は ふらつきながら立ち上がると その音楽に引き寄せられ
玄関のドアーを開けていた。
博志は 右側に置いてあるベンチに 体を預けると また スポーツドリンクを飲んだ。
すると 玄関の中にも なんじゃ こりゃー! のポスターが
1枚貼付けてあるのに 気がついた。博志は ポスターに近づき 眺めている。
「へぇ〜。面白いポスターだねぇ。
今年も せせらぎ は楽しいよ だって。 ホント楽しそうだねぇ。
飛行機雲がseseragiって書いてんだ。 こんなの 誰がデザインするんだろうな。
楽しいバンドなんだろうな。
へぇ〜懐かしいなぁ 宇宙戦艦ヤマト演奏するんだ。
古代く〜ん! 雪ーっ!ってね。子供心に 雪を見ると ドキドキしちゃったよ もーっ。f^_^;
え〜〜 song for Japanって曲。
なんじゃ こりゃー! ってさー 単純に 日本の歌なんだ。
いや それだったら song of Japan だよな。
そうそう日本の歌で思い出しちゃったよ。
[ふるさと] いつもさぁ ライブの アンコールの2曲目に演奏したんだよなぁ。
バンドのメンバーってさ結構 地方出身者が居てさ
選曲のミーティングでラストは [ふるさと]演奏しようって決まったんだよな。
ライブでさ 最後は全員総立ちで ふるさとの大合唱だったもんなぁ。
♪♪う〜さ〜ぎぃお〜いし か〜のぉや〜ま〜ぁ♪♪♪ ってな。
懐かしいな。また大学生に なりてっ」
博志は ずっとポスターを眺めながら ブツブツと呟いている。
「だけどさぁ 就職しちゃって仕事 仕事の連続でさ
まったく楽器吹けなくなってさ 気が付けば仕事の鬼に なってやがったよ。
ある時にさ 気晴らしに楽器取り出して 吹いてみたんだけど
ぜ〜んぜん 吹けなくなっちゃってて もう それっきり 楽器に触ってないよな。
もう ずっと 押し入れの奥に 置いたままなんだよな。 もう いいやって。
もう楽器吹く事ないって。
さっき みんなに強がり言ってさ ホント俺 昔みたいにさ 楽器吹きたいんだよな。
またさぁ ステージに立って ライブやりたいんだよね」
依然として 博志はポスターを眺めながら ブツブツ呟いていた。
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博志は 押し入れの奥から楽器を取り出した。
もう何年も 押し入れの肥やしになっている楽器。
博志は 埃まみれの楽器ケースを 畳の上に置いた。
すると 楽器ケースに積もった埃が宙を舞った。
博志は 少し埃を吸ったのか 思い切り咳をしてしまった。
これはダメだと思った博志は 掃除機で埃を吸い取った。
それから 水で濡らした雑巾を持ってきた。 博志は ゆっくりと それで 拭いた。
博志の楽器ケースは黒かった。
その黒い 楽器ケースに 何か書かれてあるのが 見えてきた。
白いマジックペンで 書かれていたが 長い時間の せいだろう 薄茶色く 変色していた。
博志は その変色した 薄茶色を右手でなぞりながら眺めていた。
その薄茶色の文字の上に 一粒の涙が落ちた。
その薄茶色は こう書かれてあった。
《青春の思い出・・・永遠に》
(つづく)