vol.37 鉄道の日に寄せる短編小説《時代》第1話2012年10月9日
吹奏楽団せせらぎHPをご覧の皆様、こんにちは。
せせらぎの合奏風景をお届けするこのコーナー「せせらぎ人語」ですが、
すっかり名(迷?)物となってきました、Tb中川氏から寄せられる連載小説も
ついに3作目となりました。
今作は、10月14日(日)にJR長岡京駅前バンビオ広場公園にて行われる
吹奏楽団せせらぎの野外コンサート「バンビオLIVE! Vol.2」
にちなんだお話になっているようです。
10月14日と言えば・・・
そう、知る人ぞ知る、「鉄道の日」。
というわけで、本作の主人公はもちろん?あの名前です。どうぞお楽しみください。
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鉄郎は 今年 中学に上がったばかりの 少年である。
K中学校の吹奏楽部は コンクールも終わり 来年3月の定期演奏会の 練習が始まっていた。
今日は 隣町のN町に 初めて東京から T放送フィルハーモニィウインドオーケストラと言う
世界最高水準の吹奏楽団が やってくる。
この日を待ちに待った鉄郎は 誕生日プレゼントとして 父親から買ってもらった
この日5席しか用意されていない 1席2万円もする
スーパースペシャル特別ウルトラシートの 特典付きチケットを 握りしめ
夜7時からの開演に間に合うよう出掛けた。
鉄郎は バスを乗り継ぎ駅に着くと 先ずは腹ごしらえと考え
駅前のコンビニエンスストアで おにぎりと お茶を買った。
そして 店のベンチに腰を下ろすと おにぎりを頬張った。
若い胃袋は あっという間もなく おにぎり5つも たいらげると
ペットボトルのお茶を ゴクゴクと 喉を鳴らしながら飲み干したかと思うと
ベンチから立ち上がり 駅へ向かった。
鉄郎は 自動改札機に ICカードのデータを 読ませ駅構内に入り
目的地へ向かう電車のホームへと急いだ。
ホームに着くと 余程 嬉しかったのか
鉄郎は ポケットから 例のチケットを取り出し眺めていると
間もなくして 電車がホームへ すべり込んできた。
鉄郎は 手に そのチケットを握りしめ 普通電車のロングシートへ その腰を沈めた。
鉄郎は おにぎりの 満腹感と 心地好い電車の揺れで 少し眠ってしまったのか
気が付くと 隣に男性が座っていた。
その男性は ヘッドホンをしている。
そして そのヘッドホンからは 中島みゆきの名曲『時代』が 流れている。
かなりの音量なので迷惑だが その女性歌手の歌声と 歌詞が素晴らしいので
注意もせず聴いていた。
それから 数分で目的の駅に着くと
普通電車の ロングシートから 立ち上がり ホームに降り立った。
そして 鉄郎は駅名標を見上げた。
[ながおかきょう]。
その時 鉄郎の横を ヘッドホンの男性が 通り抜けた。
改札を済ますと 男女数人で 何かチラシを配布しているのが見えた。
「お願いしま〜す。吹奏楽団《せせらぎ》で〜す。ライブやりま〜す。
ぜひ 来てくださ〜い。吹奏楽団《せせらぎ》で〜す。
広場で《バンビオ ライブ》 やりま〜す。今度の 10月14日の日曜日で〜す。
よろしく お願いしま〜す。 吹奏楽団《せせらぎ》どえ〜す」。
先に改札を出たヘッドホンの男性は チラシを受け取り そこに描かれている絵を見ると
ニヤニヤと笑いながら 雑踏の中へと消えて行った。
鉄郎は ヘッドホンの曲が 耳から離れなかった。
と その時 ある事に 気が付くと 鉄郎は 顔から 血の気がひいた。
真っ青な顔の鉄郎の手には あるはずの2万円のチケットが無かった。
もしかして・・・・・・あの男・・・・。
その時 一人の女性が現れた。
その女性は 長袖のワンピースに 黒いコート。
それと ロシア人が被っているような 黒い毛皮の高帽子で
腰まである長い綺麗な金髪と 長い睫毛に切れ長の目が特徴的な美人だ。
そして その瞳はブロンズだった。
「このチケット 君のじゃない?
さっき 君が座っていた下に 落ちてたわよ! 気をつけてね!」
黒いコートの女性は ニコッ と笑みをうかべた。
鉄郎は そのチケットを受け取ると お礼を言いながら 深々と頭を下げた。
そして その頭を上げた時 その黒いコートの女性の姿は 消えてしまっていたのだ。
鉄郎は 一人ポツンと 駅のホームに 立っていた。
そのホームの古い電灯が その少年を 寂しく照らしている。
鉄郎は その不思議な出来事に ふと 夜空を見上げると
そこには 満天の 星空が広がっていた。
太古の昔から輝いている その星たちは 独りぼっちの少年に その光を 降り注いでいた。
鉄郎は その星空を 眺めながら思う。
あの 綺麗な人は 何処へ行ったんだろうか 誰なんだろうか
何故 消えて 居なくなったんだろう。
そう思った瞬間。何億万の星空から たった一つの星が流れた。
少年は 亡くした母を 思い出していた。(つづく)