再び歩き倒す 岩倉編2014年7月23日

7月22日。
梅雨明けした模様と発表された7月21日の翌日。
突然の大雨の心配もなさそうなので、
なかなか干すことのできなかった
ティンパニ・シロフォン・ヴィブラフォンのカバーを一気に干しました。

演奏会後の運搬が雨天でした。
それから乾かすには乾かしてあったので特に心配はないのですが、
できればスカッと晴れた日に天日干ししたかったのです。

洗濯物ではないので、午前中で充分。
片付け終わった午後、
何か映画を観に行こうかと各映画館のホームページを覗いてみます。
すると、観たい映画がないのです。
というか、あまりにもハイ・スピードで映画を観てしまっているので、
もう残っていないのです。
(実はヴァイオリニストのパガニーニを描いた映画を観たいのですが、
 上映時間が私の都合と合いません)

それならば、ということで、歩くことにしました。
演奏会後2回目の歩き倒しです。

今回は、目標を北に据えました。
岩倉です。

長らく京都に住んでいますが、
叡山電鉄の岩倉駅より北に行ったことがありません。
そこで、岩倉駅よりも北側の地域をとことん歩いてみようと思ったのです。

まず、出町商店街で用事を済ませ、
下鴨から高野川の右岸を北上していきます。
松ヶ崎浄水場を横手に見つつ、
「妙法」の「法」の横をくぐり抜ければ、
「子供の楽園」に到着。
もうちょっと行けば京都国際会館です。

と、ここまではよく歩くルート。
約1時間が経過しています。

岩倉川に沿ってさらに北上。
コンサートマスター・U野氏の息子さんが卒業した洛北中学校の横を抜けると、
叡電の岩倉駅です。
さあ、ここから北は未踏の地です(←大袈裟な…)

まずは岩倉実相院を目指します。
標識に沿って歩けば簡単に行き着けそうですが、
ふと面白そうな小径があったので、ちょこっと曲がります。
すると、黒板塀の立派なお屋敷が何軒もありました。

畦道を歩くと岩倉川と再会。
小橋を渡って、再び北上。

しばらくすると、岩倉具視幽棲旧宅がありました。

20140722岩倉具視幽棲旧宅

残念ながら休館日。

岩倉実相院は、そのすぐ近くでした。

20140722岩倉実相院

さらに北上(←何やなんや、入らへんのかい?)

私、岩倉を侮っておりました。
きっと、誰にも出会わないような散策になるだろうと思っていたのです。
ところがどっこい、
車はたくさん走っているし、
自転車は多いし、
もちろん歩いている人も大勢おられます。
岩倉は、れっきとした大きな町なのです。
失礼いたしました。

さらにビックリしたのは、かなり北上しているのに、
まだバスが走っていることです(←おいおい、そろそろ怒られるぞ)
バスは、岩倉実相院までだと思い込んでいたのです。
行先表示板を見ると、「岩倉村松」。
そういえば、「岩倉実相院」行きと「岩倉村松」行き、
両方の京都バスが走っているのを見たことがあります。
自分の足で歩いてみて、ここが村松なんだと実感できました。

村松保育所を横に見つつ、まだまだ北上。
そして行き着いたのは、
岩倉地区で人家のある北限と思われる場所でした。
凄く立派なコンクリートで固められた足場の上には何も建っていない、
廃墟と呼ぶにも建物のない敷地でした。
何か映るとイヤなので、写真を撮るのはやめておきました。。。

桂駅でへばった前回と違い、
今回は終点まで辿り着いたぞという達成感がありました。

ここからはズンズン南下していきます。
地下鉄の国際会館駅に着いた時には、
出発から3時間15分が経過していました。
歩数は21,402でした。
いや~、岩倉は奥が深いですな。

それでも、3年前に盛岡を歩き倒した24,196歩には及ばないですし、
せせらぎトレッキング・チームはもっともっと歩いているんでしょうな。
1日3万歩達成はいつになることやら…

さて、心配していた熱中症にはやられずに済んだようです。
この日の午後はほぼ曇り空で、
直射日光に殆どさらされなかったのが大きかったのでしょう。

さらに、ちょびっとずつちょびっとずつ水分補給したのも良かったのでしょう。
本当はガブガブ飲みたいのですが、
胃がタポタポになってもしんどいですから。

しかし、この季節は「喉が渇く」というより、
「口が渇く」という感じが強いです。
どんどん水分が失われているのですな。

まるで冬場にホルンを吹いていて、
唇が渇いて仕方ないのでしょっちゅう唇を舐めている、
あの感じに似ていました。